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キン太

Author:キン太
nvnstudioブログへようこそ!
代表のshinです。
ライブの応援・企画、CD/DVDの企画・制作、PAなどの音楽活動やそのついでの印刷などのデザイン、そのついでにやむを得ない宴会活動に積極的に取り組んでいます。
最近では自分もときどきですが売り出しています。
「鯛車しん」で月に一回、まき鯛車商店街で、ライブを行っています。
「キン太」としてキン太電気バンドでポップスを歌ってます。今度、ジャズストにも参加します。

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    2015-04-14 (Tue) 14:41

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ふくしまに行ってきました。

ふくしまに行ってきました。
11月2日は福島市でなくせ原発の集会があって、なんとわたくしは会場近くで「醤油おこわ」をつくり、会場内でその「醤油おこわ」と「トン汁」の販売担当。
はじめての醤油おこわづくり!もち米と金時豆を6段のせいろに敷き詰めて1回蒸し、1段ずつ取り出して三温糖を加えた醤油で味付けし金時豆もくわえしっかり味が行き届くようにまぜます。それをせいろに戻してもう一回蒸し器に入れ、2度蒸しにします。これをくり返して計11段のせいろを蒸しつつ、できたものからパック詰め。250グラム見当で約400パックほど作りました。4人で担当。やっぱ腰が疲れました。
さておこわづくりの片づけを終え集会会場にいくと集会は最終盤。何をやっているかわからないものですから、「いち抜けた」気分でまずは生ビール。気持ちのいい青空のもとでうまいハートランドビールを飲ませていただきました。トン汁販売はほんのおまけ。
で、夕食は福島駅近くのビルの12階レストランで。夜景がきれいでした。寝床が郡山だったので新幹線で移動し、駅前のホテルの隣の居酒屋で一杯。その夜は「楽天―巨人」の6回戦、マー君が投げていた日でありまして、テレビの観れる一回は満席。2階に行ったんだけれども、これが注文とりも注文品もなかなか来ないという混雑ぶりでありました。
東北の皆さんの関心事はもちろん楽天の初優勝なんだと思います。もうさっさと寝てまたまた翌朝、福島へ。なぜ郡山で泊まったのかといえば、福島のホテルが満杯で取れなかったからです。なんと福島競馬だったのだそうです。侮れません競馬人気。
3日はふくしま被災地ツアー!飯舘村、南相馬、浪江町へ。
ところでこの2日間は青空でとても気持ちのいい日が続きまして、Tシャツ1枚でもOK!みたいな日和でした。そして山を見ればようやく色づきはじめたところ。きれいな景色でありました。
最初は飯舘村役場へ。そこは0.55μシーベルト/H(常に変化しています)くらいの線量でした。

線量

福島駅前が0.22μシーベルト/Hでしたから2倍以上になります。(ちなみに新潟市のは0.09μシーベルト/H前後のようです)そこから村内の帰還困難区域である長泥地区へ行きますとゲートが閉まっていてガードマンが管理しています。僕らだけでは入れません。区長さんでもいれば入れたようです。

帰還困難

しかし山はとってもきれいでした。しかし、ここの線量をはかろうと地面につけたらなんと17μシーベルトを超える値に!え~っ!

線量計

紅葉


やはり地べたは高い!1メートルくらいの高さではそれでも1μシーベルト/Hを超えていたようでした。
飯舘村の中心市街地にいったらサルがのっしのっしと歩いていました。飯舘村の多くは昼間は出入りできても泊りはできない区域になっていますが、その日の昼間は人影は見えずこのままだとサルに占領されかねないです。こういう地域ですが80歳を超えた老夫婦など何人かは全く非難せずにずっと住み続けている方たちもおられるそうです。痴呆の老人を抱え避難したら迷惑をかける、精神的にもたない、もうここで生き死んでいくのだ、などなどあるそうです。
それでも除染がやっとすこしだけすすみだしているそう。国直轄でゼネコンが担当。剥いだ表土の置き場所がないのですすまない。というわけで仮置き場の仮という仮仮置き場ということでやっているそうですが、本当に仮仮ですむのかそのままになるのではないかという心配があるとのこと。
南相馬市では2年前にみた小高区の海沿いの地区、前回は湖のようになっていましたが、今回は水がけっこう引いていました。放置されていた車や建物もかなり片付いたと思います。しかしここもまだ帰れません。当分帰れないし除染がすすまなければさらに遅れるし、そういうなかでどう先の見通しを立てるかなんてことはまったく苦しいことです。
浪江町の市街地は地震の爪痕で崩れたところがそのまま残っています。道路には雑草が生えたままになっています。地震以来ほぼ手つかずの状態です。まだこんなところもあるのです。同町の海側に位置する請戸地区にも行きました。一面が人の背丈以上のセイタカアワダチソウを栽培する畑のようです。海にほぼ面している小学校からかなり離れた小高い山まで2㎞を走って逃げて助かったのだそうです。必死だったと思います。ふと南側をみやると福島原発が見えます。なんと4㎞ほどだそうです。放射線量が下がらないと帰ることはできませんが、まだ原発にふたもできていない状況で、風向きによっては放射線が降り注ぐし、敷地内では汚染水はあふれるし…。コントロールはできていないし、コントロールできないのです。
やっぱり原発はやめましょう。しでかした後始末をきちんと行い、原発はないのだというところからエネルギー対策、エネルギー産業を考えすすめましょう。

福島原発4K

2年ぶりの福島訪問でしたが、すこし除染や片付けがすすんだ地区と除染がすすまず帰る見通しの立てようもない地区と差がさらに拡大していくようでありました。
7年後の五輪が決まった今、何が優先されるのでしょう。これから建設資材や人手の不足が懸念されるのだそうです。

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    2015-04-14 (Tue) 14:41

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